東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)54号 判決
一 請求の原因事実中、被告が実用新案権者である本件考案について、審決の成立に至るまでの特許庁における手続、考案の要旨及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決の取消事由の有無について考察する。
1 まず、一個のバネで「ボンベの押圧固定」と「破壊針の保持」という二つの作用を兼ねさせる技術的手段が、引用例に記載されているとする原告の主張について検討する。
(一) 成立に争いのない甲第五号証(第四引用例)によれば、第四引用例の消火器は、器筒1内に消火液と圧縮空気とを一緒に封入しておき、使用時に閉塞板10を破ることにより消火液を噴出管6から放射するものであつて、器筒1とは別個のガスボンベを備えていないこと、閉塞板10はこれを口金2に収装し環状パツキン9に圧着固定して口金2の消火液流導路11を閉塞するようにしておかなければならず、バネ19は圧力容器を押圧固定する作用を有しないこと、このバネ19は単に破壊針(穿孔杆)14を閉塞板10から遠ざける作用、すなわち破壊針の保持作用を有するのみであることが認められる。したがつて、右引用例のバネは、ボンベの押圧固定と破壊針の保持との二つの作用を兼ねるものではない。
原告は、右引用例のものにおいて、高圧室が器筒に固定されていなくても、一個のバネで高圧室を押圧固定することができると主張する。ところで粉末消火器に「蓄圧式」と「加圧式」との別があることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一九号証の三、第二二号証の二によれば、粉末消火器及び液体消火器(強化液消火器)において、右引用例のように高圧室が器筒と一体となつており、器筒内に消火剤と圧縮ガスとを一緒に封入しておき使用時に閉塞板を破ることにより消火剤を放射する形式のものを蓄圧式といい、本件考案の消火器のように器筒とは別個のガスボンベ(高圧室)を備え、使用時にガスボンベの封板を破り圧縮ガスを器筒内に噴出させ、その圧力により器筒内の消火剤を放射する形式のものを加圧式ということが認められる。右の分類によれば、第四引用例の消火器は蓄圧式であり、これ以外の形式の消火器については記載していないものであるから、バネの定まつた支承点があれば足り高圧ガスボンベの固定自体の要がない蓄圧式の第四引用例と、薬剤容器のほかに独立した高圧ガスボンベを備え、所望に応じ破壊針がこのガスボンベの口を破壊しうるように、このガスボンベを薬剤容器内に挿入した筒内の定位置に収容しておく構成になつている加圧式の本件考案とでは、その構造が異なり、バネは、高圧ガスボンベの押圧固定の有無、破壊針の保持の仕方において構成及び作用を異にしていることは明らかである。
(二) 成立に争いのない甲第八号証(第七引用例)によれば、第七引用例の消火器は上下に二つのバネが用いられ、上部のバネは押杆2の頭部鍔部と帽状蓋体9の外面上端との間に介在し、下部のバネは帽状蓋体9の内面突出部とボンベ1の上端との間に介在することが認められる。これら二つのバネの作用については右引用例に具体的に何も記載されていないが、上下に二つのバネを用いているということは、それぞれのバネが別々の機能を有しているものと解するのが常識であり、先に認定したところからすると、上部のバネは押杆(破壊針)2を押し上げる作用、すなわち破壊針をボンベより遠ざける作用をし、下部のバネはボンベ1を下方に押しつける作用、すなわち、ボンベを押圧固定する作用をするものであつて、それぞれのバネは、別々の作用をしているものと解するのが相当である。
原告は、下部のバネについて、その上端が押杆2に固定され、このバネが右二つの作用を兼ねており、上部のバネは単に安全栓の作用をしているに過ぎない旨主張するが、右引用例に下部のバネの上端が押杆に固定されるという記載があるわけではなく、甲第八号証によれば、右引用例の第1図中押杆2の下部尖鋭部の少し上方にピンあるいは棒状体の端面らしいものが小円によつて表示されていることが認められるが、この部分が下部バネの上端部の端面を示すものとはにわかに解し難く、むしろ上部に別のバネを設けてあることとの関連からすれば、この小円で示された部分は、この上部バネによつて押杆2が帽状蓋体9から外に飛び出るのを防止するためのストツパーの端面部を示すものと解されるのであつて、下部のバネとは別のものであり、下部のバネは押杆2とは機構的に無関係と考えられる。したがつて、使用時に押杆2の頭部を強打すると押杆2は上部バネの伸張力に抗して下部のバネの内側をくぐり抜けて下降しボンベを突破開口するのであり、下部のバネは押杆2の上下動とは関係なく単にボンベを押圧固定する働きをするのみであると考えられるのであつて、もし上部バネが単に安全栓代りのものとするならば、これを押杆にしつかり固定しておくことが必要であつて、押杆2の頭部を強打するだけでボンベが開口するようなものであつてはならないはずであるから、上部バネを原告主張のように安全栓代りのものであると解することはできないし、下部バネも原告主張のようなものでないことが明らかである。
(三) 成立に争いのない甲第九号証ないし第一二号証(第八引用例ないし第一一引用例)及び第一五号証(米国特許明細書)によれば、第八引用例ないし第一一引用例及び米国特許明細書の消火器は、いずれも、バネが座板とボンベとの間に介在し、破壊針は座板に固定されバネとは直接関係がなく、バネはボンベを押圧固定する作用をしているに過ぎないことが認められる。
原告は、本件考案においては「破壊針が動く」点が構成要件ではなく、「破壊針と高圧ガスボンベとにコイルバネを介在させる」という点が構成要件なのであり、このような構成要件を有する点で右各消火器も本件考案と異なるところはない旨主張する。しかしながら、本件考案について、破壊針が螺子蓋を貫通して設けてあること(考案の要旨の(イ))、破壊針と高圧ガスボンベとにコイルバネを介在させてあること(考案の要旨の(ハ))は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証(本件考案の実用新案公報)によれば、本件考案の明細書中「実用新案の説明」には、バネの作用効果に関し、「本案は特にコイルバネ9によつて高圧ガスボンベ3を筒4内の定位置に固定するとともに常時破壊針6と高圧ボンベ3とを遠ざけるベく作用し、更に押板7と口金2との間にバネを設ける必要もなく構造簡易にして一石二鳥の効果をねらつた案である。」との記載があることが認められ、先の争いのない事実及び右記載によれば、本件考案においては「破壊針が動く」構成のものと解して差支えなく、それ故にこそ、バネは一個をもつてボンベを押圧固定する作用と、上下動する破壊針をボンベより遠ざける作用との二つの作用を兼ねるものといわなければならない。したがつて、第八ないし第一一引用例及び米国特許明細書の消火器は、いずれも、本件考案と、そのバネの取付け構造及び作用効果において明確な差異があり、本件考案の構成にかかる一個のバネで「ボンベの押圧固定」と「破壊針の保持」という二つの作用を兼ねさせる技術的手段は、原告指摘のいずれの引用例にも記載されていないから、原告の主張は採用の限りでない。
2 以上判断したところに徴すると、本件考案は、その出願当時当業者の技術常識であつたことを認めえないのみならず、第四引用例に記載のものから当業者がきわめて容易に考案をすることができるものともいえないし、他にいずれの引用例及び証拠を調べてもこれを認めることはできない。
原告は、第八引用例ないし第一一引用例及び米国特許明細書の消火器に基づいて、第七引用例の消火器から上部バネを取除き下部バネのみの構成にすることが当業者にとつてきわめて容易である旨主張するが、右主張は、右各引用例の消火器についての前記1の当裁判所の判断と異なる見解を前提とするものであつて採用できないし、第七引用例の消火器において、下部のバネの弾性が大であれば、上部のバネの代りに安全栓を用いることにより本件考案と同じものとなる旨の原告の主張も、同じく右引用例についての当裁判所の判断と異なる見解を前提とするものであつて失当である。
してみれば、本件考案については、その余の点について判断するまでもなく、原告主張のような実用新案登録を無効にすべき事由は認められないから、審決の判断に誤りはない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編註〕 本願考案の要旨は左のとおりである。
(イ) 薬剤容器の口金に破壊針を貫通して設けたる螺子蓋を螺合し、(ロ)口金より高圧ガスボンベを収容せる筒を薬剤容器内に挿入して設け、(ハ)破壊針と高圧ガスボンベとにコイルバネを介在させ、(ニ)筒には薬剤容器の下部に達するパイプを連結し、(ホ)別にノズルより薬剤容器の下部にパイプを垂下せる(ヘ)加圧式粉末消火器の構造